ぷーさんのハニーハント

壁にぶつかったことでアドラー心理学に出会いました

失敗してもいいという考え方

 

先日、娘とカニ玉を作った。

レトルトの具材に卵を混ぜて焼き、

これまたレトルトの餡をかけるだけの至極簡単な料理だった。

 

娘が卵を混ぜてフライパンに入れ、私がひっくり返そうとした時、

説明書きによるとまとまっているはずの卵が分散してフライパンの外へ…

飛んでった。(全てではない)

 

その時、

「ママ〜!!!フライパンの下〜!!!」

娘が興奮気味に叫んだ。

 

フライパンの下を見ると潰れたかに玉があった。私は娘に言われるまで気が付かなかった。

 

すると娘が、

「ママ!失敗してもいいんだよ!

みい(娘)だって、失敗してもいいんだよね!」

と言ってくれた。

さらに、こぼれたカニ玉を拭くために布巾を取ってくれた。

 

この考え方、意外と自然に出てくるものではないと思った。

 

4歳で、他人の失敗を責めず、認め励まし、

なおかつ自分も失敗して良いことを知っている。

 

失敗することは悪いことだと感じておらず、

失敗しても片付けをすれば良いという習慣が身に付いている。

 

失敗しても良い=一生懸命やる必要はない

という考え方はもっていない。

 

普段から、娘のスクールの先生方が

叱らず、認めながら接してくれている成果だと感じた。

本当に、頭が上がらない。

 

人は他人の失敗を責めることが多い。

責めるまではいかなくても内心、負の感情を抱くことは少なくない。

 

私も、会社の同僚が汚くした共用の机について上司から私が軽く嫌味を言われた時、

表面上は謝っていても内心は別のことを考えていた。

 

娘のように、「誰にでも失敗はある、自分も失敗するのだから」

という気持ちにはなれていなかった。

 

深く考えれば、当たり前のことなのに…

それぞれが考える完成度や頑張りは当たり前のように異なり、

得意不得意があることも当たり前で自分だって完璧な人間ではないのだ。

 

ただ、他人の失敗や不得意なところを受け入れることはできても、

自分の失敗や欠点を受け入れることは私にとってとても難しい。

 

直したいなら努力をするしかなく、それができないなら長所として受け入れるしか方法はないのに

いつまで経っても自分が至らないような焦燥感を抱いてしまう。

人に短所や欠点はなく、あるとしたら長所と伸び代だけだということを常に忘れないようにしたい。

 

 

レトルトのかに玉を失敗した情けない出来事だったが、(味はOK。味付けしていないので)

娘の素敵な考え方を知ることができてよかった。

 

彼女のそんな考え方をこれからも邪魔しないよう、接していきたいと思った。